「老後」の多様化とiDeCoの改正
iDeCoの制度改正による拡充が進んでいます。
個人型確定拠出年金の制度が始まったのは2001年、資産形成における税制の優遇制度としてよく比較される「NISA」「積立NISA」よりも長い歴史があります。2017年に加入資格の対象範囲が拡大されて以降、老後の資産形成のための私的年金として注目を集めるようになりました。
少子高齢化が進む日本において、公的年金だけでは豊かな老後を送るのは難しい、むしろ年金の加入条件によっては普通の暮らしもままならないのではないか・・・。 日々ニュースに接していると、そうした将来に対する不安は今の社会に生きる現代人の共通認識になっているような気さえします。
調査によると自分の老後に「不安を感じる」人の割合は82.2%、さらに不安の具体的な内容では「公的年金では不十分」とするものが最も多く79.4%にのぼります。(生命保険文化センター「生活保障に関する調査」/2022年度より)
そうした公的年金へに不安を補うために整備されたのが、私的年金のひとつであるiDeCo(個人型確定拠出年金)です。
「貯蓄から投資へ」と政府が後押ししていることもあり、iDeCoには様々な税制上の優遇措置があります。また2022年当時の岸田内閣において決定された「金融所得倍増プラン」においてiDeCoの制度改革が第二の柱として取りあげられたように、その後も加入年齢の引き上げや掛け金(拠出限度額)の引き上げなどといった制度の改正が行われ利便性が向上しています。
働き方や老後の生活のあり方も多様化していく中で公的年金を補完する役割を持つiDeCoもまた社会状況の変化に合わせて、さらには勤め先や働き方によって不公平がないように制度の改正による拡充が進められているというわけです。
そこで今回のブログでは
- 2024年12月の制度改正における変更点
- 2025年度(令和7年度)税制改正大綱において示された今後の改正の内容
について解説していきたいと思います。
2024年12月の制度改正における変更点
2024年12月の制度改正のポイントは、掛け金の上限引き上げ・企業年金との掛け金との合計額の上限引き上げ・加入手続きの簡略化の3点になります。
掛け金上限(拠出限度額)の引き上げ
公務員・確定給付企業年金(DB)のある会社員の掛け金の上限が月額1万2,000円から2万円に引き上げられました。
加入資格 | 改正前の掛け金上限 | 改正後の掛け金上限 |
---|---|---|
(第一号)自営業者など | 月額6万8,000円 | 変更なし |
(第二号)会社員・公務員など | - | - |
企業年金がない会社員 | 月額2万3,000円 | 変更なし |
企業型確定拠出年金(DC)のみに加入している会社員 | 月額2万円 | 変更なし |
確定給付企業年金(DB)がある会社員 | 月額1万2,000円 | 月額2万円 |
公務員 | 月額1万2,000円 | 月額2万円 |
(第三号)主婦・主夫 | 月額2万3,000円 | 変更なし |
iDeCoの掛け金と企業年金の掛け金の合計額
iDeCoと企業年金の掛け金の合計額の上限は、これまでは加入している企業年金の種類によって異なっていましたが、2024年12月からは月額5万5,000円に統一されることになりました。
改正前の掛け金合計(iDeCoの拠出限度額の上限) | 改正後の掛け金合計(iDeCoの拠出限度額上限) | |
企業型確定拠出年金(DC)のみに加入 | 月額5万5,000円(上限2万円) | 月額5万5,000円(上限2万円)に統一 |
---|---|---|
確定給付企業年金(DB)に加入 | 月額2万7,500円(上限1万2,000円) |
事業主証明書が不要に
これまで会社員や公務員がiDeCoに加入するためには、勤め先に申請して「事業主証明書」(正確には「事業所登録申請書兼第二加入者に係る事業主の証明書」)という書類を発行してもらう必要がありました。この書類によって対象者が国民年金の加入者であることや企業年金の有無など、iDeCoの加入資格があるということを勤め先である事業主に証明してもらう必要があったのです。
2024年の制度改正により、個人の口座からiDeCoの掛け金を拠出する場合はこの「事業主証明書」の発行が不要になりました。
これまで、証明書の発行に協力する義務があったとはいえ、事務作業が増えることを良しとしない勤め先もあったかもしれません。また勤め先に事務作業などの負担をかけることへ抵抗を感じる人や勤め先に知られたくないという人にとっても、こうした手続きの簡略化はiDeCo加入への心理的なハードルを下げることになり、その効果は大きいのではないかと思います。
ただし、iDeCoの掛け金を給料からの天引きによって拠出する場合には引き続き「事業主証明書」が必要になります。
2025年度税制改正大綱において示されたiDeCoの見直し内容
続いて2025年度の税制改正大綱に盛り込まれたiDeCoの見直しの内容について見ていきたいと思います。
そもそも税制改正大綱とは
税制改正大綱というワード、ニュースでよく見かけるけどなんなの?という方も多いかと思いますので解説していきたいと思います。
税制改正大綱というのは端的に言えば「翌年度以降の税制に関する措置の内容や検討事項を与党内でまとめた文章」のことです。
税制にはそもそも税負担の公平確保という理念がありますが、社会や経済の変化に対応するために、そうした理念に沿いながら仕組みやあり方を絶えず見直していく必要があります。
とはいえ、税制、国民や企業に税金を課したり徴収したりする仕組みはその時の政府の考え方や判断で決めてよいものではなく、必ず(国民の代表である)議会によって制定された法律に基づくものでなければなりません。こうした考え方を租税法律主義といいます。
税制を改正するためには立法手続きが必要になるのです。その中で重要な役割を果たすのが「税制改正大綱」です。与党が取りまとめた「税制改正大綱」をもとに政府は税制改正法案を作成し、国会で審議されることになります。
それでは2025年度税制改正大綱において示されたiDeCoの見直しの内容について具体的に見ていきたいと思います。
拠出限度額の引き上げ

1.(第一号)自営業者など・・・月額6万8,000円から7万5,000円に引き上げ
(第一号)自営業者など | 現在 | 改正案 |
---|---|---|
iDeCoの掛け金上限(拠出限度額) | 月額6万8,000円 | 月額7万5,000円 |
2.(第二号)会社員など
①企業年金とiDeCoの掛け金の合計・・・月額5万5,000円から6万2,000円に引き上げ
②iDeCoの掛け金・・・拠出限度額を撤廃し「穴埋め型」に
③公務員・・・iDeCoの掛け金上限額を月額2万円から5万4000円に引き上げ
企業年金のある会社員 | 現在 | 改正案 |
---|---|---|
企業年金の掛け金とiDeCoの掛け金の合計額 | 月額5万5,000円 | 月額6万2,000円 |
iDeCoの掛け金上限 | 月額2万円 | 月額6万2,000円から企業年金の掛け金を引いた額 |
企業年金のない会社員 | 現在 | 改正案 |
iDeCoの掛け金上限 | 月額2万3,000円 | 月額6万2000円 |
公務員 | 現在 | 改正案 |
iDeCoの掛け金上限 | 月額2万円 | 月額5万4,000円 |
この見直し案では限度額の撤廃や引き上げが示されていて、企業年金のない会社員や公務員にとってはiDeCoの掛け金上限が大幅に引き上げられることになりました。
その一方で勤め先の企業年金に加入している会社員に対しては、iDeCoの拠出限度額は撤廃されたものの、企業年金とiDeCoの掛け金を合計した額の上限は7,000円の引き上げにとどまります。
2025年度税制改正大綱では私的年金等の公平な税制のあり方として、「勤務先の企業が企業年金を設けているかどうか、企業年金の形態がどうであるかといった違いにかかわらず、継続的に、かつ、平等に資産形成をできる環境の整備を進める」としています。
すでに充実した企業年金に加入している会社員にとってはあくまでもその上乗せとして、企業年金のない会社員や公務員など老後の資金を自ら準備する必要の高い人にとってはより積極的にiDeCoを活用できる内容になったといえます。
60歳以上の人が加入を継続できる年齢を引き上げ
現在の制度ではiDeCoに加入して掛け金を拠出できる資格があるのは65歳未満の国民年金の加入者(被保険者)です。これは具体的には・・・
- 厚生年金に加入して働いている人は65歳までの人
- 自営業の人や専業主婦・主夫など、国民年金の第一号・第三号の被保険者で60歳以降も任意加入して、納付期間を延長して年金保険料を払っている人(第一号・第三号の加入期間は原則として60歳未満)
に限られてしまいます。つまり働き方によって60歳以降もiDeCoに加入できる人・加入できない人がいることになってしまい、働き方やライフコースが多様化する社会にそぐわない面がありました。
2025年度税制改正大綱では、これまで60歳以上70歳未満でiDeCoに加入できなかった人のうち、以下の条件を満たせば70歳未満までiDeCoに加入できるようになる改正案が示されています。
- iDeCoの加入者または運用指図者であった人。あるいは企業年金など私的年金の資産を出で所に移転できる人
- 老齢基礎年金およびiDeCoの老齢給付金を受給していない人
65歳以上で働いている人が、節税のために新たにiDeCoに加入できる、というわけではないので条件をよく確認しておく必要があります。
制度改正、iDeCoをどう活かすか
今回示された改正案では、企業年金がない会社員の人や公務員の人の掛け金の上限が大幅に引き上げられました。iDeCo本来の目的である公的年金の補完を必要とする人にとって、より積極的に資産運用を活用できるものになると思われます。
また条件を満たせば70歳未満まで加入して掛け金を払えるようになったことで、加入を始める時期にも選択肢が広がったと言えます。早めに始め、長く使うほど節税効果が大きいiDeCoですが、子供の教育資金やマイホーム・マイカーの購入があったり、または大切な趣味のための出費など、すべての人が若いうちから老後のための資産形成にお金を使えるわけではありません。
今回の制度改正案では、50歳からiDeCoを始めても65歳までなら15年、70歳までなら20年の間、掛け金を積み立てることができます。自らのライフプランに合わせて使いやすい制度改正となった、と言えるのではないでしょうか。
iDeCoの節税効果やNISAとの比較などは、また改めて解説するブログを書きたいと思います。
ここまで、iDeCoの2024年12月に実施された制度改正と、2025年度税制改正大綱において示された改正案について解説してきました。
お読みいただき、ありがとうございます。