
一般的に、金銭的な価値を持つ財産のことを「資産」といいます。
現金、株式、投資信託、貴金属や不動産・・・。
多くの人は、将来的に収益をもたらすと信じて、それらの資産に投資しています。
より豊かに生きるためだけではなく、インフレ下においては普通の暮らしを守るためにも投資が必要だと言われるようになってきました。
しかし、非常に身近で、世界に同じものが二つとないものであり、正しく投資すればほとんどの場合でリターンが証明されているものでありながら、人々からあまり顧みられることのない資産があります。
健康資産。
健康を単なる体の状態ではなく、「経済的な価値を持つ資産」として捉える考え方です。
よくよく考えてみれば、普通のことです。
どれだけ運用成績がすぐれた投資信託であっても、肝心の自分という人的資本が壊れてしまえば意味がありません。
普通のこと、当たり前のことを大切にするのは難しい。
しかし歳を重ねるほどに、その重要さが身に沁みます。
特に、自分のような飲食業は体が資本。
ましてや個人経営者の方ともなれば、体を壊して休むことは、そのまま家計の危機へとつながります。
昔から板前さんは酒飲みや不養生な人が多かったものですが、時代と共に健康に気を遣う人も増えてきたように思います。
しかし、それでも日々の忙しさに追われ、自分自身の体や心のケアを後回しにしている方はまだまだ多いと感じます。
今回の記事では、健康を維持することで得られる経済的な効果やコストの削減について解説し、読者の皆様と健康のありがたみを今一度かみしめることができればと思います。
- 1:健康資産の下落リスク「生涯医療費2,800万円」
- 2:現役世代にのしかかる逸失収入「一度の入院で平均27.3万円」
- 3:健康寿命と生涯賃金の上乗せ「健康投資の複利効果」
- 4:資産と寿命の相関関係「金融ジェロントロジー(老年学)」
- 5:健康投資のポートフォリオ「筋肉・活動量・食事・睡眠」
- まとめ:健康投資は、小さなことの積み重ね
1:健康資産の下落リスク「生涯医療費2,800万円」
厚生労働省が公表している「医療費の財源構成(令和4年度版)」によれば、日本人が生涯のうちにかかる医療費の平均は約2,800万円(2,755万円)だとされています。
もちろん、高額療養費などの公的な保険給付があるため、全額が自己負担になるわけではありません。
こうした医療費のうち、およそ85%が保険給付によってまかなわれています。
このデータを読み解くうえで重要なのは、生涯医療費の半分以上は70歳代以降にかかるということ。
私たちの仕事でも、日々の包丁研ぎをおろそかにしていると、やがてつけが回ってきて手直しが大変になります。
健康投資、つまりは自分という人的資本のメンテナンスをおろそかにすることは、老後の家計に数百万~1千万単位の修繕費を先送りしているようなものなのです。
2:現役世代にのしかかる逸失収入「一度の入院で平均27.3万円」
健康投資をおろそかにするリスクは、老後にだけ待ち構えているわけではありません。
現役世代にとって入院などの長期療養は、医療費の負担に加えて、健康であれば稼げていたはずの収入を失うという逸失収入の発生を伴います。
生命保険文化センターの「2025年度 生活保障に関する調査」によると、直近の入院で逸失収入があった人の平均額は27.3万円。
特に40代では、4人に1人がこの収入減を経験しています。
会社員であれば、健康保険から傷病手当金の給付があります。
これによって最長1年6ヵ月の間、給与の約3分の2が補償されます。
しかし、個人経営者やフリーランスが加入する国民健康保険には、この傷病手当金というセーフティーネットが存在しません。
休んだ期間が、そのまま家計にとって大きなダメージとなります。
飲食店を経営する個人事業主にとっては、自身の健康管理は「事業の継続」に直結する非常に重要な課題です。
また一度の入院だけで治療が終わらず、脳血管疾患の後遺症やガンの通院治療ともなれば、その後の生涯における収入は大きなカーブを描いて下がっていくことになるでしょう。
3:健康寿命と生涯賃金の上乗せ「健康投資の複利効果」
資産形成において、もっとも強力で確実な入金力を生み出す原動力は「働き続けること」なのです。
投資というものは、基本的に運用期間が長いほど複利の効果は大きくなります。
自分という人的資本への健康投資にも、こうした長期投資のメリットが当てはまるのではないでしょうか。
人間の筋肉量と骨密度のピークは20代〜30代であり、40代以降は何もしないと年間約1%ずつ(特に下肢の筋肉は顕著に)減少していくとされています。
日頃からのメンテナンスやトレーニングによって、キャッシュを生み出す「働ける体」を維持することができれば、その分だけ生涯賃金を上乗せすることができます。
仮に65歳以降の5年間、月10万円を稼ぐことができれば600万円、月5万円でも300万円の資産効果になります。
事実、65歳から69歳では、半数以上の人が働いています。
生活のため、生きがい、時間の有効利用。
働く理由はさまざまでしょう。
しかし働くことは確実に収入を生み、働くことによる社会参加は心身の維持や老化防止に役立つと言われています。
(一方で、金銭のみを目的とした労働には健康を害するリスクがあることも指摘されています)
飲食業界を見渡しても、65歳でスパッと引退、という人は少ないのではないでしょうか。
私の周りでも65歳を過ぎた板前さんたちの多くが、それぞれの事情、そしてその人にできる範囲(あるいは必要な範囲)で働いています。
どうせ働くのなら、あちこちに痛みや違和感を抱えながら働くよりも、健康な体で働きたいものです。
趣味や日常を楽しめるのも健康であればこそ。
健康という人的資本の利回りは、非常に大きいのです。
4:資産と寿命の相関関係「金融ジェロントロジー(老年学)」
近年、金融庁や大学が中心となって研究されている「金融ジェロントロジー」という学問があります。
文字通りそのまま「金融」と「ジェロントロジー(老年学)」を組み合わせたもの。
長寿化に伴う金融詐欺などの資産管理リスクへの備えや、資産寿命を延ばすことを目指す新しい研究領域です。
はたして人間は、お金さえあれば長生きできるのか。
こうした問いかけに、金融ジェロントロジーは興味深い研究結果を提示しています。
米国医師会雑誌(JAMA)は2016年、所得の上位1%と下位1%では、40歳時点からの平均余命に男性で約15年、女性で約10年の格差があるという論文を発表しました。
富裕層は貧困層より15年長生き、余命格差も拡大 米調査(1/2) - CNN.co.jp
国民皆保険制度のない米国では、貧富の差というものが寿命に大きな影響を及ぼすのだということが、この研究から読み取ることができます。
その一方、日本においても国内の最大規模の調査である「健康格差の実態と対策―JAGES における概要❘健康長寿ネット」によって、低所得層や低学歴層は高所得層に比べて要介護リスクが高く、特にうつ状態においては約7倍の格差があることなどが確認されています。
米国の研究チームではこの結果について、単純に金を持っているだけで余命が伸びるわけではないと強調。
貧富の余命差は教育や健康状態やライフスタイルの違いによって生じると解説しています。
つまりは「健康で動ける体を維持しているからこそ、資産を維持することができる」というサイクルがあるのです。
日本の調査では、低所得層ほど「費用」を理由に受診を控える割合が明確に高いことが示されています。
虫歯の放置、軽度の不調の我慢。
刃こぼれやサビがまだ小さく軽度のうちなら、手入れも楽なはずです。
しかし忙しさにかまけていたり、遊ぶためのお金と治療費を天秤にかけて、医者にかかるのを後回しにしてしまったり。
こうした小さな「手入れ不足」が積み重なり、60代以降に大きなしっぺ返しとなってしまうことが多いのです。
私がまだ見習いをしていたころ。
糖尿でパンパンに足が腫れていながら立ち仕事に耐え、しかし病院にかかるのではなくマッサージで痛みをごまかし、タバコも酒もやめられず、借金を返すための一発逆転の夢を競馬に託す、そんな板前さんもいたものです。
「宵越しの金は持たない」といえば聞こえはいいですが、マッサージ代やギャンブル代という「浪費」を、ほんの少しでも治療費という「投資」に回していれば、その後の人生は大きく変わっていたはずです。
家計管理によって、自分自身の健康投資への予算を作ることは、将来の数百万円~数千万円のコストを抑え、歳を取っても生活を楽しむための資産を守ることにつながります。
5:健康投資のポートフォリオ「筋肉・活動量・食事・睡眠」

健康投資において、世の中には無数のノウハウが溢れています。
しかし、多忙な40代に必要なのは、時間やお金を浪費する「趣味の健康法」ではありません。
最小のコストで最大のダウンサイドリスク(血管と筋肉の老化)を抑え込む、極めて効率的な「優良銘柄」への集中投資です。
筋肉
筋肉は、単に体を動かすためのエンジンではありません。
近年の研究で、筋肉はマイオカインと呼ばれる「若返りホルモン」などを分泌する最大の内分泌器官であることが判明しています。
筋肉量が減る(サルコペニア)と、代謝が落ちるだけでなく、認知症リスクや免疫力の低下に直結します。
筆者である私自身は、体作りトレーニングではケトルベルを愛用しています。
12㎏をふたつの「ダブルケトルベル」メニューが中心です。
メニュー自体はいたってシンプルで、「ダブルスイングの日」と「ダブルクリーン・プレス・スクワットの日」を交互に繰り返す、というもの。
疲れがたまっていたら休み、飽きたら違うメニューをこなします。
松下タイケイ氏の「ケトルベル・マニュアル」は、この10年で繰り返し読んだ愛読書のひとつです。
読むたびに、発見があります。
ケトルベルのトレーニングは、「体を大きくする」というよりは、「動きを鍛える」という点にフォーカスされているように思います。
趣味の登山や、日々の生活や労働でも効果を実感できます。
見せるためのものではなく、実用的な筋肉を育てるための投資です。
ケトルベルで「ヒップヒンジ」の感覚を磨くようになってから、ぎっくり腰とは無縁になりました。
毎朝のトレーニング時間は20分超ほど。
最初の12分ほどをストレッチや低負荷の筋トレなどのウォーミングアップにあて、残りの10分をEMOM(「Every Minute on the Minute」の略で、1分ごとに決められた回数のトレーニングを行い、残りの時間を休憩に充てるトレーニング方式)のダブルケトルベルで追い込みます。
活動量
週に1回ジムで1時間汗を流すよりも、日々のこまめな動きの方が健康寿命に与えるインパクトが大きいことが分かっています。
家事や通勤、階段の上り下りなど日常の中で工夫して活動量を増やしたいものです。
飲食業は基本的に立ち仕事ですので、活動量はそれなりにあるかもしれませんね。
毎朝出勤前のトレーニングに加えて、帰り道の夜の公園で懸垂をしています。
始めたころは1回もできなかったものですが、地道に続けていたら7~8回は安定してできるようになりました。
「1回もできない」時期があったからこそわかるのですが、ぶら下がっているだけでも、握力の保持やストレッチなど一定の効果が得られます。
また予定のない休みの日には、日帰り登山用のザックに2ℓのペットボトルを4本入れて、近所の公園をウォーキングしています。
「ヘビーウォーキング」という冒険家の三浦雄一郎氏が考案したトレーニング法で、無理のない範囲で負荷を調整すれば、健康法としても大きな効果があります。
これは普段の活動というよりは、今年の目標である剱岳、そしてその後に「3大キレット」のような厳しいルートに挑む体力を維持するためです。
トレーニングや健康法は、始めたばかりの時期ほど「もう少し頑張ってみよう」と欲が出てしまいがちです。
しかし、健康のためのトレーニングで怪我をすることほど無意味なものはありません。
無理なく、続けられることが一番だと思います。
食事
「何を食べるか」は、そのまま細胞の「材料費」になります。
疲れている時や忙しく余裕のない時など、まかないも揚げ物のように「茶色い」食べ物に偏りがちです。
毎回、気の利いたものを用意する必要はありません。
キャベセンやちぎったレタスを添える、プチトマトを乗っける、菜っ葉を茹でておひたしにする。
少しだけ彩りを増やすようにするだけで、栄養のバランスも良くなります。
味噌汁も立派な発酵食品です。
腸内環境を整えて、生活習慣病を予防する効果があります。
腸内環境は免疫力の約7割を司るだけでなく、セロトニン(幸福ホルモン)の分泌などメンタルヘルスにも直結します。
睡眠
睡眠中(特に深いノンレム睡眠中)、脳内では「グリンパティック系」と呼ばれる自浄作用が活発化し、アルツハイマー型認知症の原因物質とされるアミロイドβなどの老廃物を洗い流しています。
飲食業はどうしても夜が遅くなりがちです。
家に帰ってスマホを見ているうちに、というよりは普通に働いて普通に帰ってきたら日付が変わっていた、なんてことも珍しくありません。
しかし睡眠をおろそかにしても、失った時間を取り戻すことはできません。
次の日の仕事がしんどくなるだけ。
それだけならまだしも、うっかり指を切ってしまったり、天ぷら鍋の火を消し忘れて危うく火事の一歩手前になるなど、集中力を欠いて大事故につながることもあります。
人生にも「損切り」は必要です。
得るものがないとむなしく感じた日こそかえって眠れないものですが、「強制終了」する時間を決めてしまいましょう。
私自身はストレッチポールや青竹踏みなど、眠る前のリカバリーや気分転換にも15分ほど時間をかけています。
50近くになって、20代~30代の頃ほど長くは眠れなくなりました。
睡眠時間の確保はもちろんですが、ぐっすり眠れたことを実感できるかどうかも大切だと感じています。
ただ、寝酒にウィスキーをちびちび飲むのをささやかな楽しみにしていて、これだけはどうしても止めようという気持ちになりません。
正しいことばかりはできないもんですね。
まあ、心の健康投資として割り切っています(笑)。

まとめ:健康投資は、小さなことの積み重ね
ここまでのブログ記事でも、「包丁などの道具は日頃の手入れが大事」と偉そうに書いてきました。
しかし本当のことを言えば、若いころの自分は包丁を研ぐのがヘタクソでした。
技術もなければ、余裕もない。
日々の仕事に追われて包丁を研ぐのをおろそかにしたり、早く刃をつけようとしてかえって「丸刃」にしてしまったり。
先輩や上司に怒られたり、馬鹿にされたものです。
「なにくそ」という負けん気と根性だけはありましたから、丸刃にしてしまった包丁を持ち帰って、一晩かけて荒砥で直したこともありました。
そうした経験から学んだことは、日ごろから手入れをしておくのが一番楽なのだということです。
ダメにしてしまった包丁を直すの、本当に大変ですから。
切れなくなったから研ぐのではなく、切れる状態を維持するために研ぐ。
そして年月が経って小さく形が変わったとしても、切れる状態を維持した包丁には、その包丁だからこそできる仕事があります。

健康投資にも、同じことが言えるのではないでしょうか。
大きな病気を経験すれば、自分の日々の習慣や健康管理を見直すきっかけになるでしょう。
しかし、そのために支払った医療費や失った収入など、学びを得るために大きな代償を支払うことになります。
日々の20分のトレーニングや、食事にバランスや彩りを加えるための数百円は、将来の数百万~数千万円という逸失収入や修繕費を防ぐための、極めて利回りの高い先行投資です。
私たちは、自分自身の身体という、代えの利かない「資本」で生きています。
現実の世界では、他人の体で他人の人生を生きることはできません。
刃こぼれする前に手入れをし、サビを防ぎ、長く大切に使い込んでいく。
今日から少しだけ階段を使ってみる。
いつもより15分早く布団に入ってみる。
そんな小さな「積立」から、ご自身の健康投資を始めてみてはいかがでしょうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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