長靴で濡れた地面を歩く、狭い通路をターレー(小型の運搬車)をよけながら歩く、発泡スチロールがつまれる音・・・。

昔のことになりますが、職場の社長についていって仕入れのお手伝いをさせてもらっていたことがあります。
まだ市場が築地にあった頃です。
「市場にはあふれるように魚が並んでいて、スーパーではありえないような値段で買うことができて、その中から良いものを目利きで選んでいく」
実際に魚河岸に行くまでは、市場に対してそんな感じのイメージを持っていました。素人だったからです。
自分はお手伝いなので、お金を渡されて買い物をしたり、荷受け場で仕入れた魚をトラックに運び込む作業をしたり、自分なりにまじめに働いていたつもりではありますが、経営者にはこちらの想像の及ばないような苦労があるものだということを伺い知ることができました。
それは、「買えない」ということ。
日本の漁獲量は年々減少傾向にありますし、その当時から看板メニューの刺身盛の魚を仕入れるのに苦労していた記憶があります。
円安が進む今だと、水産仲卸による海外勢への買い負けによって、その苦労の重さが増していることは想像に難くありません。
「買えない」となると、そもそも買おうと思っている品は高くなるし、そこに台風などの時化が加わると、備えのための予備や代替品が高くつくということも往々にしてあることです。
例えばあなたが創業から毎日魚河岸に通う百戦錬磨の経営者なら、将来に起こりうるリスクとそれに対する必要な措置を、長年の経験から瞬時に導き出せるかもしれません。
ですが市場を歩く人間がみな同様に豊富な経験知を持ち合わせているわけではありません。中にはかつての自分のような、半分素人のお手伝いもいるのです。
そしてリスクへの対応にどれだけ資金を充てられるか、懐事情もそれぞれ違います。
私たちの生活においても同様です。
将来の見通しに不安があれば備えが必要になります。
ですがそれが本当に必要な備えなのかどうかは、その人の置かれた状況によって変わってきます。
費用対効果も、きちんと検証しなければなりません。
長期金利の上昇や日銀の利上げが連日報じられている今、住宅ローンについて不安に感じている人も多いのではないでしょうか。
不安になると備えたくなる、動きたくなるのは自然なことです。
ですがまずは、その不安とじっくり向き合ってみましょう。
- 1:「安心」には高い値札が付いている
- 2:借り換え判断の3つの基準
- 3:固定金利への借り換えと変動金利の損益分岐点
- まとめ:「固定金利への借り換え」という保険が必要となるケースは、思っているよりもずっと少ない
1:「安心」には高い値札が付いている
住宅金融支援機構の「住宅ローン利用者の実態調査(2025年4月)」によると、住宅ローン利用者のうち約8割が「金利の安さ」から変動金利を選んでいます。
一方、変動金利を選んだ人の多くが「将来の金利上昇」を懸念材料として挙げており、現在の金利の安さと将来への不安との間で板挟みになっている様子も見て取れます。
www.jhf.go.jp
以前のブログにも書きましたが、将来も金利が変わらないという安心には比較的高い金利というコストがかかり(固定金利)、現在の低い金利というメリットには将来への不安が付きまとう(変動金利)、というわけですね。
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将来への不安を解消したいと考えている人も、そのためにかかるコストが合理的なものかどうか、検討してみる必要があるのです。
金利を自ら引き上げる必要が本当にあるのか
2025年現在、住宅ローンの変動金利は多くの銀行で0.4~0.6%程度、それに対して全期間固定金利(フラット35など)は1.8~2.0%で推移しています。
今の状況で変動金利から固定金利への借り換えをする場合、自ら金利負担を3倍以上、毎月の返済額を数千円~数万円を引き上げることになります。
家計に対する負担は、当然重くなります。
将来に対する不安を解消するためならば、その分の資金を運用して増やしたり、ある程度まとまった金額になるまで貯蓄してから繰り上げ返済をするほうが、合理的だといえます。
「諸費用」の壁
別の銀行で借り換えをして新しくローンを組みなおす場合、以下のような諸費用の負担が発生します。
- 事務手数料・・・借入金の2.2%(3000万円なら66万円)
- 登記費用・・・抵当権の抹消・設定で10〜20万円程度
- 印紙税・・・2〜6万円程度
合計して数十万円程度のコストが初期費用としてかかります。
2:借り換え判断の3つの基準
それではどのようなケースであれば、安くないコストを払ってでも固定金利への借り換えをすべきなのでしょうか?
住宅ローンの借り換えに関する相談を受けた際に、FPが提示する3つの判断基準を紹介します。
①借入残高と残存期間
一般的に住宅ローンの借り換えでメリット出る目安は「借入残高1000万円以上、期間10年以上」と言われています。
逆から見ればこの基準の満たない場合は、借り換えのコストパフォーマンスは悪くなる、ということです。
ローンの残り期間が短ければ、将来に金利が上昇した場合であっても、その影響を受ける期間も短く、支払う利息の総額も限定的です。
毎月の返済額の増加などのコストを払ってまで固定金利に借り換えるよりも、変動金利のまま「逃げ切る」方が最終的な手出しも少なく済む可能性が高いでしょう。
②手元に現預金・流動資産をどれだけ保有しているか
すでに触れたように、将来の金利変動リスクへの対応としては繰り上げ返済が有効です。
金利が急騰した場合でも、繰り上げ返済によって借金の元本を減らすことができれば、その元本にかかるはずだった利息負担もなくすことができます。
十分な貯蓄、あるいは換金性の高い資産を手元に保有している場合、わざわざ高い「安心料」を払ってまで固定金利への借り換えをする必要はありません。
必要があればいつでも元本を減らすための資金を手元に残しておくことは、変動金利のリスクヘッジとして非常に有効であると言えます。
③キャッシュフロー
今後十年以内に、家計の支出のピークが来るかどうかも、借り換えを検討する際の重要な判断基準のひとつです。
人生を生きるのに必要な資金は、マイホームだけではありません。
子供の教育費や車の買い替えなど、今後家計の支出が大きく増える予定がある場合であれば、固定金利への借り換えを検討する価値があるでしょう。
支出の増加と金利上昇による返済額の増加が重なれば、家計にとっては大きな負担となります。
支出のピークに不確定要素(金利変動など)を持ち込まないというのは、ファイナンシャルプランニングの観点からも非常に重要なセオリーでもあります。
3:固定金利への借り換えと変動金利の損益分岐点
仮に変動金利が上昇を続けて、1.8%の固定金利を将来的に上回ったとします。
ですがその瞬間に、変動金利の住宅ローンを利用している人が損をするわけではありません。
すでに述べたように、まず借り換えには「諸費用」というコストがかかります。
また「借入残高1000万円以上、期間10年以上」という基準が示すように、ローンの残存期間がどれだけ残っているのかというのも大切なポイントです。
残存期間が短いほど、金利上昇の影響を受けずに済むからです。
シミュレーション:固定金利への借り換え/変動金利のまま
それではここで、「変動金利が上昇を続ける」というシナリオを前提として、固定金利へと借り換えた場合と、変動金利のままの場合の支払総額の比較をシミュレーションを示したいと思います。
【前提条件:借入残高3000万円、残存期間25年】
| プラン | 初期費用(諸費用) | 金利設定 |
|---|---|---|
| 固定金利への借り換え | 約80万円 | 1.8%(完済まで変わらない) |
| 変動金利のまま | 0円 | 0.5%でスタート。5年目で1.0%に上昇し、以降5年ごとに0.5%ずつ上昇する |

このグラフはそれぞれのプランでの返済額の積み重ねを棒グラフで比較したものです。
ここから、次の3つのことが読み取れます。
- 固定金利に借り換えた際の「諸費用」、「固定金利(1.8%)と変動金利(0.5%)金利差」というハンデが大きい。
- 変動金利は急上昇し、15年目で2.0%と固定金利を上回っている。
- それにもかかわらず、変動金利のほうがトータルの支払総額が安く済んでいる。
返済期間25年のうちに、損益分岐点はやって来ない
このシナリオのように変動金利が急上昇した場合でも、当初の金利差と諸費用というハンデを覆すことありませんでした。
最終的な支払総額も、変動金利のままのほうが約193万円も安く済んでいます。
このグラフに、損益分岐点は存在しない、という結果になりました。
まとめ:「固定金利への借り換え」という保険が必要となるケースは、思っているよりもずっと少ない
将来の金利上昇という不安に対して、固定金利への借り換えという備えが本当に必要なものなのかを検証してきました。
誰であれ、不安になれば何かに飛びつきたくなるものですし、安心できる選択肢を探すものです。
ですが選択をする際の基準を熟慮し、その結果をきちんと検証することで、慌てて必要のないコストを抱え込むような結果を回避することができます。
築地での買い出しの初日、まず一番初めの仕事は「自分の長靴」を買いに行くことでした。
市場の専門店で買った長靴は、ホームセンターで売っているようなものとも調理場で履くものとも違う、丈夫だけれどしなやかで、濡れた地面や魚の脂で滑ることもなく、寒さからも守ってくれる素晴らしいものでした。
私たちのような庶民であっても、自分の人生を生きるために様々な資金をどのように調達するのか計画を立て、そのコストを比較・検討する機会は繰り返しやって来ます。
程度の差はあれ、私たちも金融市場という大きな市場を歩くプレーヤーなのです。
市場を歩くには、FPという長靴が必要です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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