板前FP雑記帳

板前として「働くFP」からの、普通の暮らしを守るためのいくつかのヒント。

ホッケから原油・アルミまで。居酒屋の厨房で紐解くパラダイムシフト

ランチの定食用にホッケを焼いています。

©板前FP雑記帳

ホッケの脂が網の下に落ち、白い煙が香ばしい匂いを残して換気扇に吸い込まれていきます。
ランチタイムを迎える厨房の、いつもの風景です。

ホッケの漁獲高はピーク時と比べれば見劣りするものの、2025年の12月時点の調査では近年の豊漁だった時期と同レベルとされ、漁場環境が良好とのこと。
市場で働く人からも「最近は冷凍の灰干しホッケが良く動いてる」という声を聞く限り、商いは活発なようです。

また干物の生産量としても、2025年はアジを抜いてホッケが首位となりました。
物価高の昨今、家計のやりくりに苦しむ食卓からの需要が増したとみることができます。

大衆魚として、居酒屋でも家庭でもすっかりお馴染みとなったホッケですが、かつては「厄介者」として扱われていた過去があるのをご存じでしょうか?

実は「ホッケの干物」の歴史は意外と浅く、昭和50年以降に不漁となったニシンの代替品として普及していきました。
それまでのホッケは、ニシン漁の網を荒らす漁場の「厄介者」。
冷凍技術がそれほど発達していない当時は、鮮度の落ちが早いホッケは食用としても価値が低く、産地である北海道以外で流通することはほとんどありませんでした。
大量に捕れた時は乾燥させて畑の肥料にしていたほどです。

ニシンの極度の不漁、鮮度の落ちやすさを克服する寒干し文化の広がり、そして冷凍・チルド輸送の発達によって「脂ののったホッケの干物」が首都圏をはじめ全国に届くようになり、居酒屋の定番メニューへと普及していったのです。

食卓における「パラダイムシフト」の代表例であるホッケの干物ですが、日本の魚市場から世界の金融市場へと目を移してみても、「技術の発達や環境の変化によって、ある物の価値が大きく転換した」ということは少なくありません。

その代表例が、原油とアルミニウムです。
今日はランチタイムの居酒屋の厨房から、世界の風景を変えた「パラダイムシフト(価値観の転換)」の歴史を紐解いてみましょう。

原油:「井戸を汚す厄介者」から「黒い黄金」へ

原油の歴史は、古代メソポタミア期において地表ににじみ出た天然のアスファルトが、建築物や彫刻の接着剤や防水のためのコーキング材として利用されていたことに始まります。
エジプトではミイラの防腐剤として原油が使われていました。

その後も松明の燃料、ねんざやリウマチの治療薬として、あくまでも原始的な採取方法による局地的な利用に限られていたようです。
燃やすと不快な匂いと煙が出る原油は、ランプ用の燃料として魅力のないものでした。

また、水や塩を求めて井戸を掘っていた人々にとって、地中からにじみ出てくる原油は悩みの種であり、井戸を汚す厄介者だったのです。
1800年代、井戸が原油に汚染されたことがわかると、人々はそれを「ダスター(汚れを拭き取った雑巾)」とみなして放棄していた、という記述があります。

転機は、19世紀半ばにやってきます。
それまで街頭や家庭用ランプの灯油として主流だった「鯨油(クジラから採取された動物性脂肪:燃やしても匂いが少ないため重宝されていた)」が、産業の機械化・工業化が進む中で需要が急増していきました。
「需要増=儲かる」というわけでクジラの乱獲が進み供給はひっ迫し、価格は高騰。
人々は安定した価格と生産量が見込める新たな燃料を必要としていたのです。

1859年ペンシルベニア州における石油の商業的採掘の成功、そして石油を精製して作られた「ケロシン(灯油)」の市場投入により、エネルギー資源としての石油の価値は飛躍的に高まっていきます。

この流れを決定づけたのが、「内燃機関(エンジン)」の発明と、それを利用したガソリン自動車の発明でした。
それまでは灯油を精製する際に出た不要な副産物として廃棄されていたガソリンが、主要な燃料として重宝されるようになります。

やがて石油産業は、20世紀を象徴する巨大産業へと成長していきます。
原油は文字通り産業の血液となり、世界の覇権の命運を握る「黒い黄金」と呼ばれるようになったのです。

アルミニウム:「金より高価な貴金属」から「一円玉」へ

かつてナポレオン3世は晩さん会で、VIP客にはアルミニウム製の食器でもてなし、格下の客には金の食器を使用したという逸話が伝わっています。

アルミニウムは、希少な金とは異なり、地球上に大量に存在する鉱物です。
しかしながら19世紀において、アルミニウムの精錬(不純物を取り除いて純度を高めること)は極めて困難であったため、金や銀よりも高価な貴金属として扱われていました。

また1855年パリ万国博覧会では、アルミニウムのかたまりが「粘土から生まれた銀」として、金やダイヤモンドなどの宝石と共に展示されていました。
当時のレートで金の1kgあたりの価格が約660~700ドルだったのに対し、アルミニウムは約1200ドル。
アルミニウムがいかに貴重なものであったかがわかります。

ところが1886年、電気分解によってアルミニウムを精錬する「ホール・エール法」の発明によって、その市場価値は大きく変動します。
低コストでの大量生産が可能になったアルミニウムの価格は、1890年代には1kgあたり1ドルまで下落。
貴金属から実用金属へと、その姿を変えていったのです。

1884年に完成した「ワシントン記念塔」、その頂上の部分にはアルミニウムが使用されています。
建設当時はアメリカの工業力と技術力の象徴として、そして現代においては避雷針としての役割を果たしながら、今もその形をとどめています。

この歴史を学んでからというもの、普段の仕事場でアルミホイルを「落し蓋」として使い捨てにする度に、少し不思議な気持ちになります。
アルミにかつて貴金属としての価値があったなんて、まるで想像がつきません。

アルミニウムの市場価値の「パラダイムシフト」は、当時の投資家たちやコレクターには痛手であったかもしれません。
ですが現代の生活者としては、工業製品としての恩恵のほうが大きいような気がします。
アルミニウムの線が生活の場や工場に電気を届け、ジュラルミン(アルミ合金)製の飛行機が空の移動を支え、そして飲食店の現場に立つ私たちは、食べ物を捨てることを良しとしないお客様に、アルミホイルに包んだ食べ残しの焼き魚を笑顔でお渡しするのです。



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まとめ:ホッケとアラ煮大根、そして資源から得る学び。「絶対の価値」は存在しない

ホッケの干物から原油、アルミニウムまで。
歴史を振り返ってみると、かつての「厄介者」や「高嶺の花」だったものが、技術革新や社会情勢の変化によってその価値を変え、私たちの生活になくてはならないものになっていったことがわかります。

資源であれ、食材であれ、その価値に絶対はないということが言えます。
「今は誰にも見向きもされないものが、実は大きなポテンシャルを秘めている」、ホッケや原油の歴史は、金融市場におけるバリュー株投資の魅力そのもの。
投資の世界の真理は、案外、魚市場の商いの中にも転がっているものです。

ランチタイムが終わり、夜営業が始まるまでの時間、明日の日替わり用のアラ煮大根を仕込んでいます。
考えてみれば魚の頭や骨である「アラ」の部分も、その活用を知らない人にとっては、ただの生ごみです。
下処理や調理という手間暇によって、「生ごみ」から「おかず」、そして「商品」へとその価値(バリュー)を変えていきます。

©板前FP雑記帳

板前に限らず、キッチンに立ってアラと向き合うすべての人が、そのささやかなパラダイムシフトに貢献し、バリュー投資を実現しているわけですね。

アルミ製の雪平鍋とアルミホイルの落し蓋で、アラ煮大根が静かに煮えていく光景。
かつて博覧会でアルミニウムのかたまりに目を輝かせていた人々、そしてアルミ製の食器で大切な客をもてなしていたナポレオンは、何を思うのでしょうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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