
「年金、60歳でもらう方が得なのか、65歳まで待つべきか」
「あるいはもっと先まで繰り下げて増額するか」
老後資金への不安は、世代を問わず誰もが抱える悩みです。
「60歳で繰り上げ受給をした場合の減額率は24%(1ヵ月早めるごとに0.4%の減額)になる」
「80歳10ヵ月を超えて長生きした場合、65歳で受け取る方が累計額が多くなる」
FPとしての教科書的な回答は、ネットで検索すればすぐに出てきます。
しかしながら、「どのように生きたいのか」という問いに、答えは用意されていないのです。
このブログのタイトルに「板前FP雑記帳」とある通り、私は普段、都内の飲食店で板前として働いています。
やりがいのある仕事ではありますが、歳を取っていつまでも今の働き方ができるのかといえば、正直自信はありません。
また、休日には40歳になってから始めた山登りを楽しんでいます。
北アルプスの岩場や、南アルプスの山深い縦走路を自分の足で歩くには、何より体力が不可欠です。
私は今年で48歳になります。
仕事は基本的に立ちっぱなし、休日はシフト制で生活のリズムは不規則になることが多く、忙しい日々の隙間を縫うように、ケトルベルやランニングで体力の維持に努めています。
しかし人間の体力は、努力で引き延ばすことはできても、いつかは限界が来ます。
お金にも、物理的な価値とは別に「賞味期限」があるように思います。
自分がやってみたい、行ってみたいと思うことを「いつかは」と先延ばしにしていても、次のチャンスが来るという約束はどこにもないのです。

昨年は涸沢にテントを張って奥穂高岳に登り、また別の日には北岳と間ノ岳の縦走路を歩き通しました。
「いつかは」と思っていた剣岳の頂上に立つことを、今年の目標にすると決めてトレーニングに励んでいます。
目標に挑もうとする気力や体力が歳を重ねても残るのかは、誰にもわかりません。
歳を取ることに対しては、誰もが初心者だからです。
悩みを抱える生活者として、そして悩みに寄り添うFPとして。
今回の記事では、年金の「損得勘定」という呪縛から抜け出し、自分らしい人生のレシピを描くための最適解を、読者の皆さんと共に考えていきたいと思います。
- 年金の繰り上げ受給における損益分岐点:「損か得か」に答えはあるのか?
- 体が資本の働き方、お金の「賞味期限」について考える
- 【実例】現役板前FPが考える、60歳からの老後プランと年金戦略
- まとめ:年金60歳か65歳か迷ったら、自分だけの「人生のメニュー」を作ろう
年金の繰り上げ受給における損益分岐点:「損か得か」に答えはあるのか?
まず、数字を整理します。
現在の日本の年金制度では、原則として65歳から受け取る年金を、希望すれば60歳からに繰り上げたり、あるいは65歳以降に繰り下げて受給することができます。
繰り上げて年金を早く受け取る場合、1ヵ月につき0.4%減額されます。
減額率は1年間で4.8%、60歳で受け取った場合は24%が減額されることになり、その減額率は一生続くことになります。
一方で年金の受け取りを65歳以降に繰り下げる場合は、0.7%が1ヵ月につき増額され、66歳で8.4%、67歳では16.8%の増額率になります。
わかりやすく、65歳で受け取ることのできる年金が、月10万円だとします。
受け取りを60歳にした場合の毎月の年金額は7万6千円となります。
逆に66歳まで繰り下げた場合の毎月の受取額は10万8,400円、66歳では11万6,800円です。
年金の受け取り時期に対する悩みや相談の多くが、冒頭のような「60歳からと65歳からで、どちらが得なのか」という点、つまりは損益分岐点です。
一般的に言えば、60歳から繰り上げて(減額された)年金を受け取り続けた場合と、65歳から受け取った年金の累計金額が逆転するのは、80歳10ヵ月です。
それよりも長生きすれば65歳で受け取る方が得であるし、それよりも早く亡くなってしまった場合は損になります。
つまり、年金の受け取りを「損か得か」という視点で見ることは、自分自身の寿命という「その時になってみないと結果がわからない」宝くじに賭けるようなもの、と言うこともできます。
年金の受給額は計算することができても、人の寿命を測ることはできません。
さらにそこに、時間によって変化する「健康状態」や「気力・体力」という変数が抜け落ちていれば、現実の生活の手触りからは乖離したものになってしまうことでしょう。
大切なのはやはり、「自分がどう生きたいのか」という視点。
加えて「どうすれば不安なく暮らしていけるのか」という視点で、ライフプランニングを立てること。
自分が年金をいつ受け取るべきなのかは、人生をどう生きるのかという計画なしに答えを出すことはできないのです。
体が資本の働き方、お金の「賞味期限」について考える
私が普段の仕事場で扱う「刺身」のような生鮮食品では、基本的には鮮度がその商品の価値を分けます。
たとえ冷蔵庫やネタケースの中であっても、時間とともにその瑞々しさは失われていきます。
その一方で、昆布締めのように時間を置くことで旨味が熟成されるものや、味噌や醤油のように発酵によって作られる調味料もあります。
またワカメなどの海藻類や切り干し大根、高野豆腐のように水分を抜いて乾燥させることで保存性を高めた食材には、得も言われぬ滋味深さがあります。
お金についても、それを「どう使うか」によって賞味期限が異なると言えるのではないでしょうか。
険しい岩場を越えて頂を目指すようなハードな挑戦や、未知の経験に飛び込むための資金は、自分の体が動く「旬」の時期に使ってこそ最高の味わいをもたらします。
「いつか」のためにと取っておくと、いざ使おうとした時には、肝心の自分自身の体力が落ちていて、美味しく味わうことはできないかもしれません。
一方で、時間をかけて仕込み、寝かせることで完成する保存食は、「未来のリスクに備え、熟成させるべきお金」です。
人生の冬の時期や、いざという時の安心感という「深い滋味」をもたらしてくれます。
ライフプランニングにおける失敗の多くは、賞味期限の異なるお金の使い道を混同してしまうことから生じるのではないか。
相談を受けていて、そう感じます。
働いた、その対価として受け取るお金。
コツコツと地道に積み立ててきたお金。
投資や運用によって得ることができたお金。
どれもが同じ「お金」です。
自分の目の前にある「お金(食材)」が、今すぐ味わうべき生鮮食品なのか、それとも塩をしてじっくり寝かせるべき保存食なのか。
その見極めこそが、人生を豊かにする「レシピ」の正体だと言えるのではないでしょうか。
【実例】現役板前FPが考える、60歳からの老後プランと年金戦略
ここまで長々と持論を重ねてきました。
それでは実際に、筆者である私自身が「どう生きたいのか」という自分への問いかけによって作った当初の老後プランと、そこにFPとしての視点を加えた修正案を示してみたいと思います。
1. 当初の老後プラン(原案)
【資金準備】
60歳までにiDeCoでまとまった資金を作り、それを「退職金(生活防衛資金)」としてプールしておく。
【60代前半の収入と年金】
60歳以降も板前として働き(現役時代の7~8割程度の収入を想定)つつ、FPとしての活動も並行する。
生活費と趣味の費用はこれらの労働収入で賄う。
【運用の原資】
60歳から年金を「繰り上げ受給」し、手元に入ってきたその年金を65歳まで全額運用に回して資産を増やす。
【65歳以降】
ペースダウンしながら仕事を続け、(減額された)年金と運用で作った老後資金を取り崩しながら生活する。
【ライフスタイル】
危険を伴う急峻な岩場(剣岳など)の登山は、体力や判断力が低下する60歳で区切りをつける。
以降は雲ノ平などのロングトレイルへの挑戦や、奥多摩などの歩き慣れた山道を楽しむ。
馴染みの山小屋や、そこでできた仲間との時間を大切にする。
2. 当初のプランに潜んでいた問題点(FPの視点)
【マイナス24%のビハインド】
60歳での繰り上げ受給は、年金額が一生涯24%減額される。
初めから「24%のマイナス」を背負った資金を運用でリカバリーし、さらに本来の年金額を上回るリターンを出すのは、投資効率として非常にハードルが高い。
【在職老齢年金による支給停止リスク】
板前としての給与とFP収入がある場合、その合計額によっては、せっかく繰り上げ受給を申請しても年金の一部または全額が「支給停止」となり、そもそも運用の原資が手に入らない可能性がある。
【税金と社会保険料の跳ね上がり】
年金は雑所得となるため、給与と合算されることで所得税・住民税が上がり、翌年の国民健康保険料や介護保険料の負担も重くなる。
手元に残る「運用できるお金」は額面よりずっと少なくなる。
【長生きリスクへの脆弱性】
年金の本質は「長生きに対する終身保険」、つまりは備えを目的にした保存食。
日頃からケトルベルで鍛錬し、登山で体を動かしている健康状態を考慮すると、減額された年金を一生涯受け取り続けることは、長寿になればなるほどリスクに対しての守りは弱くなる。
3. FPの視点を加えた「修正プラン」
【「生鮮食品」の価値を最大化する】
60歳までは、体力が必須となるハードな登山(剣岳など)に、惜しみなく「今楽しむためのお金」を投資し、経験という最高の味わいを得る。
【60代前半は「労働収入」のみで完全自走】
60歳〜65歳は年金に一切手を付けず、板前の給与とFPの事業収入だけで生活費と趣味の費用を完結させる。
【年金は「保存食」として寝かせる】
年金は繰り上げ受給せず、最低でも65歳まで寝かせることで、「長生きリスク」に対する強固な防衛資金(熟成された保存食)として価値を高める。
【「自作の退職金」の最適化】
iDeCoで用意した資金は、当初の予定通り生活防衛資金として確保しつつ、インフレによる価値の目減りを防ぐため、当面の生活費(現金)を除いた余剰分はNISA等に移して「運用しながら取り崩す」形をとる。
【投資の原資は「労働収入の余剰」から】
60代前半で運用を継続したい場合は、繰り上げ受給して減額・課税された年金を使うのではなく、日々の労働収入(板前+FP)の黒字分から積み立てを行う。
まとめ:年金60歳か65歳か迷ったら、自分だけの「人生のメニュー」を作ろう

年金の損益分岐点は、あくまでエクセル上の数字に過ぎません。
「何歳まで生きるか」が誰にもわからない以上、受給時期に絶対的な正解はないのです。
重要なのは、「お金の賞味期限」を意識し、「体力がある今のうちに、何をしておきたいか」「将来の暮らしに感じる不安は何か」という自分自身の声に耳を傾けること。
そして、その生鮮食品(今を楽しむお金)と保存食(将来への備え)のバランスを、どう設計するかです。
私の修正プランは、「65歳から受け取る」という、ごく普通なものになりました。
熟慮と堂々巡りを重ねた結果、ありきたりな答えにたどり着く、ということも往々にしてあることです。
60歳で完全にリタイアして「旬」を味わい尽くすのが正解の人もいれば、私のように細く長く働きながら「保存食」を熟成させるのが正解の人もいることでしょう。
鮮度が命の生鮮食品、滋味深い保存食や発酵食品。
人生を生きていくためには、どちらも必要なものです。
だからこそ、どちらを取るかではなく、どのようにバランスよく取るかが大切です。
繰り返しになりますが、歳を取ることに対しては、誰もが初心者です。
だからこそ、「損か得か」という数字の呪縛から抜け出し、自分だけの「人生のメニュー」を注文してみましょう。
もしあなたが自分の老後プランに迷ったら、この「板前FP雑記帳」を覗きに来ていただければ幸いです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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