板前FP雑記帳

板前として「働くFP」からの、普通の暮らしを守るためのいくつかのヒント。

飲食店の「退職金なし」はiDeCoで対策。現役板前FPによる“自分年金”の仕込み方

今の仕事が好きかと聞かれれば、たぶん好きなんだと思います。
できるだけ長く働きたいかと聞かれれば、まあ、健康である限り働きたいなとは思います。
それでは70歳近くになっても今と同じように働けるか?と聞かれると、正直自信がありません。

©板前FP雑記帳

飲食業は他の業界と比べて、退職金制度がない企業が比較的多い業界です。


企業規模・産業・年 退職給付
(一時金・年金)
制度がある企業
令和5年調査計 [ 74.9 ] 100.0
複合サービス事業(郵便局・JAなど) [ 97.9 ] 100.0
鉱業, 採石業, 砂利採取業 [ 97.6 ] 100.0
電気・ガス・熱供給・水道業 [ 96.4 ] 100.0
金融業, 保険業 [ 92.8 ] 100.0
------ [-------] --------
運輸業, 郵便業 [ 69.9 ] 100.0
生活関連サービス業, 娯楽業 [ 68.5 ] 100.0
宿泊業, 飲食サービス業 [ 42.2 ] 100.0
サービス業(他に分類されないもの) [ 54.4 ] 100.0
(厚生労働省 退職給付(一時金・年金)の支給実態より)

ないものは、自分で作るより他にありません。
退職金という制度はなくとも、iDeCoを利用することでリタイアしたときのための備えは自分で作ることができます。

生きていれば、必ず誰もが歳を取ります。
一生働き続けることができる人生は、幸せな人生です。
でも誰もが、一生働けるほど健康でいられる保証はありません。
働けなくなった瞬間に詰んでしまう人生では・・・。

私自身も板前として、飲食業の現場で働く労働者です。
働く人として、そしてFPとしての視点から、「将来のための備え」を実現していくためのロードマップを一緒に作っていきましょう。

飲食業界の「ハンデ」を埋める:iDeCoという選択肢

中小企業や個人経営の小規模店舗が多いこと、そもそもの収益構造が厳しいこと、飲食業界に退職金制度が少ない理由は、業界全体の構造的なものです。

さらに言えば、独立して個人経営者となった場合には厚生年金すらありません。
国民年金の受給額は、満額で月6万9,308円(令和7年度)。
家賃を払えるかどうかも微妙な金額です。

一方で会社員であれば退職金、厚生年金、加えて大企業には企業年金が整備されている場合もあります。

こうした構造を、個人の力で変えていくことは難しい。
むしろ、自分のライフプランを構造にあわせて最適化していく方が合理的ではあります。

それは、将来をあきらめろとか、つつましく生きろという意味ではありません。
生き抜くために、そして少しでも豊かに生きるために、飲食業界で生きる私たちは「使えるものは何でも」使っていく必要があるということ。

この「使えるもの」の最たるものが、iDeCoです。
iDeCoという制度には、大きな節税効果があります。
それは、職業の違いによるハンディキャップを埋めるための仕組みでもあるのです。

iDeCoのメリット①:売り上げを追わずに「利益」を出す(全額所得控除)

iDeCoには、現在の税金が安くなり手取りが増えるというメリットがあります。
今年のうちに始めれば、今年の収入にかかる分の税金(所得税・住民税)が、年末調整や確定申告の手続きによって安くなります。

その仕組みは非常にシンプルです。
iDeCoで積み立てた掛け金は、その全額が所得控除となります。
つまり、税金の計算対象となる年収から、掛け金の分を差し引いて計算してくれるため、結果として所得税と住民税が安くなる、というもの。

例えば年収400万円のひとが毎月2万3,000円をiDeCoで一年間積み立てると(所得税10%・住民税10%の場合)、年間5万5,000円の節税効果があります。

この金額を、飲食店の利益という観点から評価してみたいと思います。
私たち飲食業界全体の平均営業利益率は約8.6%とされています。(経済産業省:商工業実態基本調査より)

利益率8.6%のお店で、5万5,000円の利益を出すためには、約64万円の売り上げが必要です。
客単価1,000円のランチであれば、640人分集客しなければなりません。

iDeCoで毎月2万3,000円の掛け金を積み立てることによって、「売上64万円の利益」に相当する金額が、節税効果によって帰ってくるのです。
これは見方を変えれば積立投資の成績とは別に、節税によって確定した利益を得ることができる、という言い方もできます。

飲食業は、機械や設備よりも人間の労働力への依存度が高い、いわゆる労働集約型の産業です。
将来への備えと効率の良い利益確保が両立する手段があるのなら、積極的に利用していくべきだと考えます。

iDeCoのメリット②:引き出しは原則60歳から

iDeCoはあくまで「老後の備え」を目的とした制度です。
なので積み立てた資産は、基本的に60歳になるまで引き出すことはできません。
一般的には「資金の自由度が低い」というデメリットとして受け止められがちですが、多くの場合でこうしたiDeCoの「強制力」がメリットに転化するケースも。
実は自分もそうなのですが、計画的な貯蓄や積立が苦手という人は結構います。
今ではめっきり見かけなくなりましたが、昔気質の職人には「宵越しの金は持たない」という人も多かったですね・・・。

【iDeCoの「自由度の低さ」がメリットに】

  • 老後資金の確実な形成: 「使えない」という制約が、衝動的な引き出しを防ぎ、老後までコツコツ貯蓄・運用する強い動機付けになります。
  • 高い税制優遇: 先ほどふれた所得控除に加えて運用益も非課税なため、長期で運用することで税制メリットを最大限に享受できます。
  • 「使えない」ことの安心感: むしろ、手元に置いておくと使ってしまう心配がある人にとっては、資産が守られる安心感につながります。

個人経営のお店では運転資金が苦しくなると、老後資金を「つなぎの資金」として手を付けてしまう、なんていうことは当然考えられることです。

しかしiDeCoで積み立てた資産を途中で引き出せるケースというのは、加入者が死亡したときや重度の障害を負った時など、かなり限定的です。
たとえ生活が苦しくても、お店が火の車でも、「つなぎ資金」目的でiDeCoの資産を途中で引き出すことはできません。

大切なポイントは、こうした制約の対象が加入者本人だけではない、ということ。
iDeCoの財産は、法律によって「差押禁止財産」*1に定められています。
万が一、自己破産するような事態に陥ったとしても、iDeCoにある老後資金は没収されることはありません。

iDeCoのデメリットと言われていた「自由度・流動性の低さ」は、リタイア後のための資金の「最後の防波堤」でもあるのです。

iDeCoのメリット③:受け取る時も節税効果「退職所得控除」

iDeCoには、積み立てた資金を受け取る時にも大きな節税効果があります。
iDeCoの資金を一時金で受け取った場合には退職所得控除が適用され、課税対象となる退職金から一定の金額を差し引いて(控除)から、税金を計算します。
その結果、所得税と住民税が安くなるのですが、退職所得控除は勤続年数が長いほど節税効果が大きくなります。

勤め先に退職金制度がない場合には、iDeCoの加入期間(積立期間)が勤続年数としてみなされ、早く積み立てを始めるほど退職所得控除の節税効果が大きくなるのです。
ちなみに、退職金とiDeCoを同じ年に受け取る会社員の場合は、勤続年数とiDeCoの加入年数を比較して、長いほうで計算します。

退職所得控除の非課税枠の計算
・最初の20年: 1年につき40万円
・20年を超えた分: 1年につき70万円

※表は左右にスクロールできます


勤続年数
(iDeCo加入期間)
退職所得控除の金額
20年以下
40万円 × 加入期間

(※80万円に満たない場合は80万円)
20年超
800万円 + 70万円 × (加入期間 - 20年)
例えば勤続年数(iDeCo加入期間)が30年の場合は・・・

800万円+70万円×(30-20)
→800万円+70万円×10
→800万円+700万円

退職所得控除は1,500万円となり、退職金とiDeCoの資金を合わせて1,500万円までは非課税です。


また退職金とiDeCoの資金の合計が退職所得控除を超えた場合でも、超えた分の2分の1だけが退職所得として課税対象となります。

退職所得
(収入金額-退職所得控除)×1/2

また退職所得控除は分離課税といって、iDeCo等の私的年金や退職金を一時金で受け取った場合、他に給与などの収入があっても合算されることはなく退職所得の税率に影響はありません。

こうした退職所得控除の優遇的な節税効果は大きく、退職金がない・少ない企業に勤めている場合、あるいは個人で飲食店を経営している場合には、iDeCoの受け取りは「一時金」が適しているケースが多い、と憶えておきましょう。

「月の掛け金上限」 個人店のオーナー(国民年金):月6.8万円まで/雇われ(社会保険):月2.3万円まで

個人事業主は厚生年金がないため、自分でリタイア後の資金を作る必要性も高くなります。
iDeCoではそうした点も考慮して、自営業の人は会社員と比べて毎月の掛け金の上限が大幅に引き上げられてます。

※表は左右にスクロールできます


職業・属性 月額の上限 年間の上限
(=控除枠)
一般的な会社員
(企業年金なしの場合)
2.3万円 27.6万円
公務員 1.2万円 14.4万円

個人事業主

(第1号被保険者)
6.8万円 81.6万円

個人で飲食店を経営している人がこの上限枠をフルで使って積み立てた場合、年間81万6,000円が所得控除として、税金の計算対象となる収入から差し引かれることになります。

例えば年収600万円の個人経営者なら年間約24万4,000円、年収1000万円なら年間約35万円の節税効果があります。
もし利益率8.6%(飲食業界の平均営業利益率)の飲食店で24万4,000円の利益を出そうとする場合、およそ283万7,000円の売り上げが必要になります。
客単価1,000円のランチなら・・・。

さらに個人経営者が、iDeCoを利用して課税所得を引き下げると(自治体によって)「国民健康保険」の保険料が安くなる可能性も。

またいわゆる「雇われ」の状態で、社会保険に加入している場合でも、月2.3万円の掛け金を一年間積み立てた(年間27万6,000円)場合、年収400万円の人で5万5,000の節税効果があるのは前述の通りです。

業界の構造を、個人の力で変えることはできません。
ならばその構造の中で、いかに豊かに生きることができるのかを、私たち飲食業界に身を置く人間は考える必要があります。
特にリタイア後の資金計画であれば、iDeCoという非課税制度を利用しない手はありません。

板前FP的「iDeCoの仕込み」3ステップ

飲食業界で働く人がリタイア後の資金を作るための、「iDeCoの仕込み方」について、具体的にどのようなステップを踏めば良いのかを見ていきます。

Step 1:金融機関選びは「固定費」で決める

iDeCoには「口座管理手数料」というランニングコストがかかります。
多くの銀行はこれが有料ですが、ネット証券(SBI証券や楽天証券など)の多くは条件なしで「最安(運営管理機関手数料0円)」です。

飲食店の家賃と同じで、毎月の固定費は安ければ安いほど有利です。スマホで完結するネット証券を選びましょう。

Step 2:商品選びは「3つの目利き」で決める

商品は何百種類もありますが、失敗しないための「目利き(判断基準)」は以下の3点です。

インデックス型であること

プロが銘柄を選定する「アクティブ型」ではなく、市場全体の動きに連動する「インデックス型」を選びます。
「特定の魚」の一本釣りではなく「より多くの魚種」を底引き網で狙う、「特定の仲卸」だけでなく「市場全体」と取引する、そんなイメージでしょうか。
統計的に、長期ではインデックス型の方が無難で勝率が高いとされています。

信託報酬(手数料)が最安クラスであること

商品を持っているだけで引かれる手数料(信託報酬)は、低ければ低いほど良いです。
目安として0.1%〜0.2%以下の商品を探してください。
ここが高い商品は、原価率が悪すぎるメニューのようなもので、長期の利益を圧迫します。

投資先が分散されていること

日本の人口は減り続けていますが、世界経済全体は成長し続けています。
投資先(産地)を日本だけに限定するのは、天候リスクのある地魚だけで店を回そうとするようなもの。不漁の年に店が傾いてしまいます。

「全世界株式(オール・カントリー)」などの名称がついているものや「バランス型」など、これ一本で世界中に分散投資できる商品を選ぶのが王道です。

Step 3:金額設定は「細く長く」

張り切っていきなり上限額(6.8万円/2.3万円)を積み立てる必要はありません。
iDeCoは一度始めると、途中で止める手続きが少し面倒です(「運用指図者」になる手続きが必要)。
まずは月5,000円からでも良いので、「口座を開設して、自動引き落としの仕組みを作る」ことを最優先してください。

金額の変更は年に1回可能です。店が忙しくなり、キャッシュフローに余裕ができたら増額すれば良いのです。

まとめ:今日の「仕込み」が老後の自分を救う

記事のポイントをまとめます。

  • 飲食業界に退職金がないのは「構造」の問題。だからこそiDeCoで自衛する。
  • iDeCoによる節税は、利益率の低い飲食店にとって「最強の利益確保(経営改善)」になる。
  • 退職金がない人は「退職所得控除」をフル活用でき、受取時も有利になる可能性が高い。
  • ただし、投資である以上リスクはある。金融機関と商品は「コスト」でシビアに選ぶこと。

歳を取っても働けることは、素晴らしいことです。
働くことが生きがい、健康につながることもあるでしょう。

しかしその一方で、「本当はもっと気楽な立場で仕事がしたい」「自分の時間がほしい」「この年になって働きたくて働いてるわけじゃないよ」という、働く現場での正直な気持ちに向き合うことも大切です。

iDeCoの積立は原則65歳まで、将来的には70歳まで引き上げられる予定です。
70歳までなら、定年間近で始めても10年間、50歳から始めても20年間積立できます。

今、あなたが健康で包丁を握れているうちに、月数千円でも良いので「自分年金」の仕込みを始めてみてください。
その小さな行動が、70歳になった時のあなたを必ず助けてくれます。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

【新NISAの出口戦略について】
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iDeCoや退職金、どう受け取るか?
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【板前FP】
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*1:税金の滞納は例外で、住民税などの滞納分がある場合、国税徴収法に基づき、老齢給付金や死亡一時金を受ける権利が差し押さえられることがあります。

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