前回の記事では、飲食業で働く人にとっての職業病ともいえる「腰痛」が、労災として認定されるための基準について解説しました。
「自分が治療のために抜けてしまったら、現場は回るのか」
「会社に迷惑をかけたくない」
「手続きが面倒そう」
そんな思いから、労災の利用、あるいは治療そのものをためらってしまっている人もいるかもしれません。
労災保険は、働く人とその家族を守る大切な制度です。
しかしながら、労災の申請方法や給付の内容について正しく理解されているとは言い難く、必要な補償を受けられずにいるケースや、本来払う必要のない治療費を自費で負担しているケースも多くあると考えられています。
今回の記事では、シミュレーションを交えて具体的な補償内容、そして会社から「労災は使えない」と言われてしまった時の対処の仕方について、詳しく解説していきたいと思います。
- 治療費だけでなく交通費も。「療養補償給付」のメリット
- 働けない間の生活費。「休業補償給付」の計算式
- 会社や現場の責任者が協力してくれない場合
- 労災申請の流れ
- まとめ:労災は働くあなたを守る「見えないエプロン」
治療費だけでなく交通費も。「療養補償給付」のメリット
まずは、病院で治療を受けた際の費用について。
労災認定を受けた場合、治療費はすべて(診療、手術、薬や湿布代まで)労災保険から支払われます。
【治療費の自己負担額】
- 健康保険:3割負担
- 労災保険:0円
また、労災では治療のための交通費も支給対象となります。
通院交通費が支給されるには、次のふたつの条件を満たす必要があります。
【通院交通費が支給される条件】
| 条件 | 詳細・注意点 |
|---|---|
| ① 通院距離が片道2km以上 | 原則、自宅や勤務先から片道2km以上。 ※傷病の程度が重い場合は2km未満でも対象になることがあります。 |
| ② 最寄りの「労災指定病院」 | どこでも良いわけではなく、自宅や勤務先から最寄りの「労災保険指定医療機関」への通院である必要があります。 |
【支給対象となる交通機関とルール】
| 交通機関 | 支給額・ルール |
|---|---|
| 公共交通機関 (電車・バス等) |
かかった実費が全額支給されます。 |
| 自家用車 | 走行距離1kmあたり37円の定額計算。 ※注意:ガソリン代や駐車場代の実費ではありません。実際の走行距離を把握しておく必要があります。 |
| タクシー | 基本的には支給の対象外。 ※重度の足のケガや公共交通機関がない場合など、医学的な見地から労働基準監督署が認めた場合に限り支給対象となります。 |
働けない間の生活費。「休業補償給付」の計算式
業務上のケガや病気で、治療やリハビリのために仕事を休む必要があると医師によって証明された場合、労災から「休業補償給付」を受けることができます。
仕事を離れて治療に専念する際の一番の不安は、生活費がショートすることではないでしょうか?
労災の休業補償給付は、一般的に想像されているよりも手厚く、働く人の治療中の生活をしっかりサポートしてくれる制度です。
まずは、基本の計算式から見ていきます。
休業補償給付の計算式
給付基礎日額(直近3ヶ月の平均賃金) × 80%
※内訳:休業補償給付(60%)+休業特別支給金(20%)
計算式を見ると、
「なんだ、8割しか補償されないのか」
「2割も減ったら住宅ローンはどうする?」
と思われるかもしれません。
重要な点は、労災の休業給付には税金がかからない(非課税)ということ。
私たちの普段の給料からは、税金や社会保険料が引かれています。
例えば額面で30万円だとしても、実際の手取りは24〜25万円程度ではないでしょうか?
労災の休業補償給付は非課税であるため、給料の「額面の8割」がそのまま口座に振り込まれます。
つまり、私たちの「手取り(実際に手元に入るお金)」とほとんど変わらない金額を受け取ることができるのです。
わかりやすく、シミュレーションしてみましょう。
シミュレーション:月給30万円の調理師が労災で1ヶ月休業した場合
(直近3ヶ月の平均月給30万円、給付基礎日額1万円とする)
【最初の3日間(待機期間)】
最初の3日間は待機期間として労災からは給付されませんが、労働基準法により会社(事業主)が平均賃金の60%を支払う義務があります。
- 10,000円 × 60% × 3日 = 18,000円(会社から支給)
【4日目〜30日目】
待機期間終了後、労災から休業補償給付が支払われます。
- 10,000円 × 80% × 27日 = 216,000円(労災から支給・非課税)
【1ヵ月(30日)の合計受取額】
- 18,000円 + 216,000円 = 234,000円
こうしてみると、労災の休業補償給付では普段の手取り収入とそん色ない金額が受け取れることがわかります。
ただし、休業補償給付自体は非課税であっても、社会保険料の支払いや、前年の収入に基づいて算出された住民税の支払い義務は発生する点に注意が必要となります。
ワンポイント解説:休業補償のベースになる「直近3ヶ月の給料」には何が含まれる?
労災の休業補償は「直近3ヶ月の平均賃金(給付基礎日額)」をベースに計算されるとお伝えしました。
ここで、飲食の現場で働く皆さんが一番不安に思うのは、「自分の複雑な給与体系でも、正しく計算されるのか?」ということではないでしょうか。
飲食業界の給与体系は、基本給の他に「みなし残業代(固定残業代)」や「役職手当(料理長・店長手当など)」「深夜割増」といった様々な手当で構成されているケースが非常に多いです。
「みなし残業代は除外されて、すずめの涙ほどの基本給だけで計算されるのでは……」と心配になるかもしれません。
労災の計算のベースとなるのは、「手取り額」ではなく、税金や保険料が引かれる前の「額面(総支給額)」です。
基本給はもちろん、以下のものもすべて含めて計算されます。
- 各種手当: みなし残業代(固定残業代)、役職手当、家族手当、住宅手当など
- 通勤交通費: 定期代などの実費
- 実際の残業代: みなし残業時間を超えて支給された割増賃金
※ただし、ボーナス(賞与)や、結婚祝い金などの臨時で支払われたお金は計算には含まれません。
つまり、毎月安定して支払われている「各種手当を含んだ額面給与」が、そのまま休業補償の計算の土台になります。
会社や現場の責任者が協力してくれない場合
労災を申請しようとしても、会社のバックオフィスや現場の責任者が協力的ではない場合、なかなか言い出しづらい雰囲気があったりします。
飲食店の責任者は雑務も多く、新たに処理しなければならない事務作業の発生を嫌がる傾向にあり、あるいは単に制度に対しての知識を持っていないというケースも多くあります。
また特に中小企業の場合、労基からの調査や賠償責任といったリスクを避けるために、労災申請そのものを嫌がる事業者も少なくありません。
飲食店の現場でありがちな、労災申請を拒否されるケースとその対処法についてみていきます。
ケース①:「うちは労災に入っていない」と言われた時
単に無知であるか、嘘をついているのか、どちらにせよ明確かつ悪質な法律違反です。
労災保険は、1人でも従業員を雇っていれば必ず加入することが義務付けられている強制保険です。
大企業であるか、個人店であるか、事業主の規模も関係ありません。
未加入が事実の場合、労働者災害補償保険法違反となり、刑事罰が科される可能性があります。
また、「労災に入っていない」と嘘をついた場合も、労災隠しとして労働安全衛生法に違反し、刑事罰の対象となります。
- 働く人にとって大切なのは、仮に勤務先が労災に未加入だったとしても労災申請はできる、ということ。
- 企業にとっては、たとえ罰金の額は少ないとしても、刑事罰を受けることにより銀行からの融資を受けられなくなったり、将来の上場(IPO)が困難になったりと、より大きなリスクを抱えることになります。
ケース②:「アルバイトに労災はない」と言われた時
労災の対象は、すべての労働者であり、雇用形態は問われません。
正社員だけでなく、パート・アルバイト、日雇いやスキマバイトまで、お給料をもらって働いているすべての人が労災の対象です。
また私の働く厨房でも、外国人スタッフから「ケガをしたらどうなるのか」と相談を受けることがあります。
労災の利用に関して、国籍やビザの種類は問われません。
このような嘘をついて労災申請をさせなかった場合、①のケースと同様、労災隠しという犯罪行為にあたり刑事罰の対象に。
雇用先の協力がなくとも労災申請ができるという点も、同様です。
ケース③:会社から「労災だと認めない」と言われた場合
労災の申請書には「事業主証明欄」があります。
会社が、労災のあった事実を証明するものです。
本来であれば会社には労災申請に協力する義務がありますが、「業務がケガ(あるいは病気)の原因だとは思われない」などの理由で事業主証明を拒否される場合もあります。
しかし、事業主証明はあくまで発生した事実を証明するためのものであり、ケガや病気が労災にあたるかを判断するのは労働基準監督署です。
事業主証明がない状態でも、労災申請は可能です。
その際は、申請書の事業主欄を空欄にしたまま、「事業主が証明を拒否したため」という一筆(理由書)を添えて提出します。
飲食店の責任者や個人オーナーの場合、悪意のある「労災隠し」というよりは、日々の業務や営業に追われて「面倒な事務作業を増やしたくない」「労災の仕組みを知らない」というケースがほとんどです。
まずは労災の利用や申請について、冷静に伝えることが第一歩です
労災申請の流れ
会社が協力的であっても、協力してくれない場合でも、労災申請の基本的な流れは同じです。
- 会社への労災の報告・・・速やかに上司や担当部署に報告する。
- 病院を受診・・・受付で労災であることを伝え、健康保険は使用しない。労災指定病院であれば、窓口負担は原則不要(指定外の場合はいったん立て替え)。
- 労災申請書類の準備・・・治療費の請求は「様式第5号」、休業補償の請求は「様式第8号」。(厚生労働省:主要様式ダウンロードコーナーよりダウンロード可能)
- 労働基準監督署へ提出・・・会社が協力してくれない場合、「事業主証明」無しでも受理してもらえる。
- 労働基準監督署による調査・・・ケガや病気が業務災害にあたるかどうか、休業の妥当性などを調査する。
- 労災認定・給付・・・労災と認定されれば保険給付が開始される。
まとめ:労災は働くあなたを守る「見えないエプロン」
飲食業界で働く人にとって、体はかけがえのない資本です。
まじめな人ほど「我慢」を美徳とし、迷惑をかけたくないという「空気」に押されてしまいがちです。
ですが労災を正しく利用しないことは、働く人の健康や生活を損なうだけでなく、悪質な場合は刑事罰として会社にとっても大きなリスクとなるのです。

労災は、働く人やその家族の暮らしを守る「見えないエプロン」のようなもの。
あなたが再びお店に貢献できるようになるためにも、欠くことのできない大切な制度なのです。
この記事が、労災に対する理解の手助けとなれば幸いです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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