
飲食をはじめとするサービス業は、パート従業員なしには成り立ちません。
総務省のデータによると、飲食サービス業で働く従業員のうち、およそ8割がパート・アルバイトを含む非正規従業員であることがわかっています。
FLコストのコントロール、ピークタイムへの柔軟な対応。
店舗を運営する上でパート従業員は欠かすことのできないパートナーであり、そのシフト管理のひとつの目安が「社会保険の加入要件」ではないかと思います。
実際に私が働く飲食店の現場でも、社会保険への加入を希望するパート従業員の方(というよりも、収入を維持するためには加入せざるを得ない)は増えてはいるものの、配偶者の扶養など、現在の収入や働き方を前提に家計やスケジュールを管理している方もまだまだ多くいます。
「大切なパートナー」ですから、働く本人はもちろんのこと、シフトを管理する立場の人間も、社会保険の加入要件についてはきちんと理解しておく必要がありますね。
- 社会保険「106万円」の壁、撤廃の背景とその影響
- 社会保険料…「手取り」の逆転ラインは125万円
- FPの視点…「目先の手取り減少=損」ではない理由
- パート従業員が社会保険に加入…「配偶者(夫・妻)の税金」と世帯全体の手取りへの影響
- 社会保険の制度改正を、パート従業員が「これからの働き方とライフプラン」を考える機会に
社会保険「106万円」の壁、撤廃の背景とその影響
そして2026年10月、社会保険の適用が拡大されることになりそうです。これまでのパート・アルバイトの社会保険加入要件は、以下の通りです。
- 勤務先の従業員数が51人以上
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金が88,000円(年収106万円)以上
- 2か月を超えて継続して雇用される見込みであること
- 学生ではないこと
このうち、「月額賃金88,000円(年収106万円)」という賃金要件が撤廃される予定です。
(「勤務先の従業員数が51人以上」という要件も、今後10年をかけて撤廃される予定)
なぜ撤廃されるのか?
その大きな理由のひとつが、「最低賃金の上昇」です。
現在、最低賃金の全国平均は時給1,121円。
週20時間以上働けば自動的に「月88,000円(年収106万円)」という賃金要件をクリアしてしまうことになるのです。
つまるところ、わざわざ賃金要件を設けておく意味がなくなった、ということですね。
これによって、勤務先が「従業員数51人以上」という要件を満たしている場合、飲食店で働くパート従業員が社会保険に加入するかどうかの基準は「週20時間以上」という所定労働時間に絞られることになります。
パートとして働いている主婦(主夫)の方が社会保険に加入する場合に問題となるのが、社会保険料の支払いによって手取りが減ってしまう「働き損」ではないでしょうか。
社会保険には、厚生年金による将来の手取り(年金額)の上乗せや休業補償などのメリットがあるので、保険料の支払いを一概に「損」と言ってしまうことには語弊があるかもしれません。
ですが、やはり皆さん現在の手取りがあることを前提に日々の家計、マイホームや教育費などの資金計画を立てていますから、収入が減ってしまえば当然困ることになります。
今回の記事では、パート従業員の方が社会保険に加入した場合の手取りや将来の年金額の変化など、シミュレーションによって具体的な数字を示してみたいと思います。
社会保険料…「手取り」の逆転ラインは125万円
例えば、これまで年収106万円ギリギリで働いていて手取りが約103万円だった方が、制度改正によって社会保険に加入することになったとします。
すると、厚生年金や健康保険料として年間約14〜15万円が天引きされるため、手取り額は約90万円程度まで減ってしまうことに。
こうした「働き損」を解消するためには、「週20時間以内にシフトを調整する」か、「年収125万円(月額10万4,000~5,000円)以上稼ぐ」かの二択になります。
社会保険未加入時の年収105万円と、社会保険に加入した場合の手取り額の変化を表にしました。
比較してみましょう。
(この表は左右にスクロールできます)
| 年収 | 社会保険料(概算) | 手取り(概算) | 105万円時との差額 |
|---|---|---|---|
| 105万円比較の基準 | 0円 (扶養内・未加入) |
約103.1万円 | ー |
| 115万円 | 約18.4万円 | 約96.1万円 | 約-7.0万円 |
| 125万円損益分岐点 | 約19.5万円 | 約104.1万円 | 約+1.0万円 |
| 135万円 | 約20.7万円 | 約111.6万円 | 約+8.5万円 |
| 145万円 | 約22.2万円 | 約118.8万円 | 約+15.7万円 |
※社会保険料等の条件により多少の変動があります
この表を見てわかるように、年収で125万円以上を稼ぐことができれば、手元に残る金額は社会保険加入前と変わりません。
もしあなたの時給が1,200円の場合、週20時間働くことでちょうど年収125万円になります。
「働く時間を増やしたくない」という場合には、徹底して週20時間以内にシフトを管理する必要があります。
2026年10月の改正が予定通りに実施された場合には、社会保険の加入に年収の要件がなくなるということ。
これを逆にとらえれば「どれだけ稼いでも(時給が高くなっても)週20時間以内であれば、社会保険に加入する必要はない」ということになります。
ただし、週20時間未満に抑えると、社会保険だけでなく雇用保険(失業保険など)からも外れる点には注意が必要です。
FPの視点…「目先の手取り減少=損」ではない理由
働く人の視点で社会保険料の支払いを見た場合、それは手取りが減ってしまう「働き損」ということになり、それでは「損をしない働き方」は何か、という話になります。しかしファイナンシャルプランニングの視点で見た場合、社会保険料の支払いは、そのまま「損」という意味にはなりません。
確かに、毎月数万円が天引きされ収入が減ることは大きな痛手かもしれません。
しかし、会社と折半で支払う社会保険料には、大きなメリットがあります。
現役世代を守る「傷病手当金」
業務や通勤が原因でケガや病気になり働けなくなった場合には、労災保険から休業給付金が支給されます。
それでは、勤務外のケガや病気の場合にはどうでしょうか?
社会保険に加入している場合、万が一、長期間休職して給与が出ない場合でも、最長1年6ヶ月にわたって給与の約3分の2が支給されます。
シミュレーション…「厚生年金」はいくらもらえるか?
令和8年度(現在の執筆時点)、国民年金の支給額は満額で月70,608円。
それだけで暮らしていけるかといえば、心許ない金額です。
社会保険加入で「厚生年金」が上乗せされれば、老後の暮らしに選択肢が増えることに。
例えば、現在40歳の主婦の方が社会保険に加入した場合の年金額の変化をシミュレーションしてみましょう。
| 年収 | 1年働いた時の 年金増加額(年額) |
20年働いた時の 年金増加額(年額) |
20年働いた時の 年金増加額(月額換算) |
|---|---|---|---|
| 125万円 | 約6,851円 | 約137,020円 | 約11,418円 |
| 135万円 | 約7,399円 | 約147,987円 | 約12,332円 |
| 145万円 | 約7,947円 | 約158,949円 | 約13,245円 |
※端数処理の関係上、実際の標準報酬月額の等級に当てはめた場合と数十円〜数百円程度の誤差が生じることがあります。
年収が125万円の場合、年金額は毎月11,000円上乗せすることができます。
老後のスマホ代と光熱費の一部を、生涯にわたってまかなうことができる試算になります。
加入期間が長くなれば、年金の増加額も当然増えます。
年金の増加額に関しては、以下の式で簡易的に試算することが可能です。
厚生年金の増加額 計算式
増加年金額(年額)
= 年収 × 5.481 ÷ 1000 × 加入年数
産休期間の生活保障…「出産手当金」
赤ちゃんを出産した場合、分娩費用への手当てとして基本50万円の「出産一時金」が国民健康保険から支給されます。
社会保険ではそれに加えて、産休中の生活保障として「出産手当金」が支給されます。
原則として産前42日・産後56日の合計98日間(多胎妊娠の場合は産前98日・産後56日の合計154日間)が対象となり、わかりやすく言うと「日給のおよそ3分の2」がもらえるイメージです。
例えば年収125万円の人では、以下のようになります。
| 項目 | 計算式・条件 | 金額(概算) |
|---|---|---|
| 1日あたりの支給額 | 104,000円 ÷ 30日 × 2/3 | 約2,311円 |
| トータルの支給額 (産前産後98日間休んだ場合) |
2,311円 × 98日 | 約226,478円 |
※年収125万円(月収約10.4万円)から、標準報酬月額を「10万4千円」として計算した目安です。
この表のように、年収125万円の場合、約23万円弱のまとまった金額が、非課税で受け取れます。
さらに、産休・育休中の社会保険料は申請により免除されるため、手取りが減る心配もありません。
パート従業員が社会保険に加入…「配偶者(夫・妻)の税金」と世帯全体の手取りへの影響
本人が社会保険に加入して年収125万円まで稼ぐとなると、もう一つ気になるのが「扶養から外れることで、配偶者(主に会社員の夫など)の税金が上がって、世帯全体で損をするのでは?」という疑問ではないでしょうか。
この点に関しては、「税金(配偶者特別控除)の面では、配偶者の税金が上がる心配はない」と言えます。
いわゆる「税金の扶養(配偶者控除)」は年収103万円までですが、103万円を超えても「配偶者特別控除」という段階的な制度があるためです。
お互いの年収が以下の範囲であれば、配偶者は満額(38万円)の控除を受けられます。
- 配偶者の年収:約1,195万円以下
- あなたの年収:150万円以下
つまり、今回の損益分岐点である「年収125万円」であれば、配偶者の税金負担は一切増えず、純粋にあなた自身の「増えた分の手取り」がそのまま世帯全体の収入アップに繋がります。
【要確認】唯一の注意点は、配偶者の会社の「家族手当」
税金面でのデメリットはありませんが、唯一確認しておくべきなのが、配偶者の勤務先から支給されているかもしれない「家族手当(配偶者手当)」の存在です。
多くの企業では、家族手当の支給基準を「税法上の扶養内(年収103万円以下)」や「社会保険上の扶養内(現状130万円未満、または106万円未満)」と定めています。
| チェック項目 | 年収125万円時の影響 | 家計へのインパクト |
|---|---|---|
| 配偶者の税金 (配偶者特別控除) |
影響なし(満額控除) 本人の年収150万円までは配偶者の税金は増えません。 |
±0円 |
| 配偶者の会社の 「家族手当」 |
支給停止になるリスクあり 会社の基準が「社会保険の扶養内」の場合、本人の加入に伴い手当がカットされることがあります。 |
勤務先による (月数千円〜2万円程度) |
もし配偶者の会社で「社会保険の扶養から外れたら配偶者手当の支給を打ち切る」というルールがある場合、世帯全体の手取りが月々1万〜2万円ほど下がってしまう可能性があります。
そのため、あなたが「年収125万円(社会保険加入)」を目指してシフトを増やす前には、必ず配偶者の会社の給与規定(家族手当の支給要件)を確認してもらうことが、世帯全体で「働き損」を防ぐための隠れた最重要ポイントになります。
社会保険の制度改正を、パート従業員が「これからの働き方とライフプラン」を考える機会に
2026年10月の「106万円の壁」撤廃は、これまでの働き方を見直す最大のターニングポイントです。
「手取りを維持するために週20時間未満に抑えるか」
「将来の保障と収入アップのために壁を越えて働くか」
どちらの働き方が「正解」なのかは、現在の家計状況や、あなたとご家族がどのような未来を描きたいかによって異なります。
制度が変わるこの秋を前に、まずはご夫婦で「これからの世帯収入の目標」についてじっくり話し合ってみてはいかがでしょうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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【参考資料】
統計局ホームページ/労働力調査(基本集計)月次結果