板前FP雑記帳

板前として「働くFP」からの、普通の暮らしを守るためのいくつかのヒント。

姿を変えて生き延びろ~構造的な実需売り、円安というニューノーマル~

例えば江戸前寿司における小肌のように、「仕事」の質を試される食材の代表格のようなものがいくつかあって、個人的には真蛸の仕込み・下処理もそこに含まれるように思います。

真蛸のぬめりを落とすための塩もみは、なかなか根気のいる作業です。
頭から足先まで、特に足の付け根の部や吸盤の中を意識してしっかりと揉みこんでいくと、ぬめりがメレンゲのような泡になって出てきます。
これを流水の中でさらに揉むと、ぬめりがとれて表面がキュッと締まってきます。

おいしく真蛸を料理するためには欠かせない下処理ですが、水が冷たい冬場は特にしんどい作業なんです。
ですがこうしてしっかりぬめりを取らないと、茹でても生臭さが残るし見た目もおいしそうには仕上がりません。

身がしまり、色合いの美しいタコぶつは、見えないところにある裏側の丁寧な「仕事」があってこそなのです。

小鉢に入ったタコぶつ、清潔な料理店のカウンター、ランチョンマット、箸置きと箸、日本酒が入ったお猪口
©板前FP雑記帳


今月19日の金融政策決定会合で政策金利は0.25%引き上げられて0.75%となりました。
発表直後の数分、おそらくはアルゴリズム取引などの反応によって円相場(対ドル)は瞬間的に154円台前半をつける場面があったものの、その後下落に転じ156円台まで円安が進行する結果に。

通常、金利が上がればその国の通貨は買われるものですが、今回の利上げは円安を食い止めるものとはなりませんでした。
円安が止まらない理由には、目に見えてわかるトレンドもあれば、見えにくい裏側にある構造的な要因もあると考えられます。
ひとつずつ見ていきたいと思います。



止まらない円安 4つの要因

1:ハト派利上げ

そもそも今回の利上げは、数日前から具体的ないわゆる「観測気球」記事が出るなど地ならしが進み、市場参加者からはすでに織り込み済みとされていた感があります。
www.nikkei.com
つまり注目されていたのは利上げそのものではなく、利上げを決めた後に日銀の植田総裁が”何を語るか”だったわけですが、会見では「経済・物価の反応を丁寧に確認していく」といった慎重な発言に終始しました。
今後の利上げに積極的ではない「ハト派」と受け止められたことが、円安を加速させたと考えられます。

2:依然と大きい日米の金利差

利上げによって日本の政策金利は0.75%となり、実に30年ぶりの水準に。
「失われた」と表現される期間に入る前の水準で、いよいよ「金利のある世界」への転換が進んでいくものと思われます。

ですが一方で、米国の政策金利であるフェデラルファンド金利は現在(2025年12月)4.25%~4.50%。
依然として大きな金利差が存在します。

水が高いところから低いところへと流れるのに対し、お金は金利の低いほうから高いほうへ、より有利な場所へと流れるのが自然なのです。
この金利差が埋まらない限りは、トレンドとしての円売り圧力が消えることはないでしょう。

3:高市円安

サナエノミクスと呼ばれる高市政権の経済政策の柱である「危機管理投資」と「成長投資」ですが、それを名目とした財政出動には裏付けとなる財源が必要です。
積極財政とは景気をよくするために支出を意図的に増やしたり減税をすることを意味しますが、その規模が巨大になり税収で賄えなくなった分は国債の増発が不可避となります。

借金を増やして現金をばらまくという姿勢を、市場は「円の価値の希薄化」ととらえ、将来的な財政リスクを織り込んで円を売る動きを強めています。

4:実需取引

外国為替市場における取引は、為替相場の変動によって差益を得ることを目的とする投機取引と、貿易などの経済活動のために為替取引を行う実需取引のふたつに大きく分かれます。

投機取引が為替取引そのものから利益を得ることを目的としているのに対し、実需取引は「必要のため」に行われる為替取引であり、その実需取引の中に構造的な円安要因が存在します。

「実需」の円売り 3つのプレイヤー

金融とはお金を必要なところへと橋渡しする仕組みであったり行為のことであり、こうしたお金の流れを体の仕組みに例えて「経済の血液」と呼ぶことがあります。
そして実需取引も、必要なところへ必要なお金を流していくために行われている取引のひとつです。

企業活動や国民生活を守るために、日々淡々と円が売られているのです。
具体的に、誰が何を目的として行っているのか、主な3つのプレイヤーを見ていきましょう。

1:輸入企業

最も伝統的な実需。日本は資源のほとんどを海外から買っています。

  • 仕組み…石油、天然ガス、小麦、あるいは半導体の材料などを輸入する際、代金は通常ドル払いです。
  • 行動…日本の輸入企業は、手元の円を売ってドルに換え、海外の取引先に支払います。
  • 特徴…為替レートがどれだけ円安になろうとも、電気やガスが止まっては国民生活が成り立ちません。資源を手に入れるためには、必ず円を売る必要があります。

2:デジタルサービスの利用者(デジタル赤字)

現代ならではの新しい実需です。

  • 仕組み…私たちが日々利用するiPhone、Googleの広告料、AWS(Amazonのサーバー)、Netflix、Microsoftのソフトなどの利用料は、最終的に米国企業へと支払われます。
  • 行動…私たちが日本円で決済をするその裏側で、クレジット会社や決済代行会社が巨額の円をドルに換えて米国へ送金しています。
  • 特徴…景気に関係なく毎月発生し、解約しない限りは永遠に続く「サブスク型」の円売りです。

3:新NISA利用者

「貯蓄から投資へ」のトレンドが生んだ、家計から発生する実需。

  • 仕組み…個人が資産形成のために、新NISAを利用して「オルカン(全世界株式)」や「米国株投信」を毎月1万円を積立投資するとします。
  • 行動…運用会社はその1万円を市場でドルに換えて、米国などの海外の株に投資します。
  • 特徴…多くの新NISA利用者が設定する積立投資によって、毎月自動的に数千億円規模の円売りが発生します。円安から資産を守るために、私たちは円を売っているのです。

なぜ「実需」が怖いのか

ヘッジファンドなどによる外国為替の投機取引では、利益を確定するために売った円を「買い戻す」作業が発生します。

しかし実需取引による円売りは、売りっぱなしの一方通行です。
輸入企業が支払いのために売った円も、デジタルサービスの利用料も戻ってくることはありません。
新NISAなどの積立は長期投資が前提であり、数十年は円に戻ってきません。

外国為替取引における実需取引の割合は1割~2割ほどと言われていますが、「戻ってくることのない円売り」が積みあがっていく構造的な円安要因となっています。

円安という「ニューノーマル」から暮らしを守る

冒頭で真蛸の仕込みについてお話ししましたが、タコはおいしい食材としてだけではなく、高度な知能を持った生物としても知られています。
身を守るために皮膚の色や姿かたちを変えることもできれば、経験から学習して行動を変えることも、道具を使って問題を解決できることも研究によって明らかになっています。

薄暗い海底を這うように動く蛸
©板前FP雑記帳

現在の円安は一時的な現象ではなく、米国経済のハードランディングが起きない限りは、構造的に定着していく可能性が極めて高いと考えられます。
そうであるとすれば、私たちも自分たちの暮らしを守るために、少しずつでも自分たちの考え方やお金のあり方を見直して、円安という「新しい常識」に適応していく必要があります。

【「普通の暮らし」を守るためのロードマップ】

  1. 生活防衛資金の確保…何かあった時のため、生活費の3~6か月分は「現金・預貯金」で確保しておく。
  2. 余剰資金の外貨化…それ以外の資金は新NISAを利用して「世界株」などに積立投資、リスクを分散しながら円を外貨(外国資産)に換えていく作業を自動化する。
  3. 変動費に対するポイント還元の利用…インフレ分を少しでも取り返すために、経済圏(ポイント還元)やふるさと納税を駆使して、実質的な支出を減らす。

何もしないでいることは、もはや私たちの暮らしを守ってはくれません。
儲けるためではなく、生活防衛のためにこそ資産形成が必要な時代になったと言えるのかもしれません。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

【合わせて読みたい】

・日銀の「利上げ」で気になる住宅ローン。「固定金利に借り換えor変動金利のまま」の支払総額をシミュレーションで比較。
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・新NISAの出口戦略について。
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